間伐の必要性について

日面地区を含む旧小原村は、昭和30年頃までは日本の典型的な里山だったと思います。
里山では、昔から山の自然と人の営みが共生してきたのです。

3年前に、オーストリアの首府ウィーンに観光で出かけ数日間滞在したことがありました。
ある1日、オプショナルツアーで「ウィーンの森」に出かけました。
たいした予備知識もなく、広大なアルプスの東端になだらかに続く丘陵地帯で
そこには鬱蒼と針葉樹が茂る森があるのかと思っておりましたが、
全くの期待はずれでした。

そこにあったのは、オーストリアと日本の違いがあるだけの
典型的な里山の風景でした。

ベートーベンがシューベルトが散策したという小道。
せせらぎの音が聞こえる小川の清流。

「ウィーンの森」とは昔からその土地の人が森と共生するために、
せっせと苗木を植え、枝打ちをし間伐をし、木を切り守ってきた
人間の生活としっかりと調和した自然の風景だったのです。

こんなものは、規模の大小はあるものの
日本にも昔からある風景じゃないかと思ったものの
気がつけば、それは
今の日本から急速に失われつつある風景
だったのです。

日本の原風景である『里山』の、里山としての自然と景観を
守るため、周辺に暮らすの人間の環境をより良く維持するためにも
杉や檜を植林した後の放置されたままの山の
「間伐」の必要性を強調したい。

地球温暖化を防ぐためのひとつの取り組みとしても!

間伐ボランティアー『小原こだまの会』の活躍に
大いに期待したい!

2008年3月9日 文責 センロー

   
  これは棚田(段々畑の水田)だったところに、杉が植林され、その後手が入らないまま荒れた状態の杉林です。
地面のあたりは、あまり日光が届きません。
 それほどひどい状態ではないのですが、間伐されないまま、細い杉の木がヒョロヒョロと立っています。  密生した杉の葉に日光が遮られて、下草も良く育ちません。
山としての、保水力が失われています。
   
 2ヶ月ほど前に間伐したところです。
残った木も、未だヒョロヒョロだ。(^^;)
杉の根本あたりに日光が届き、下草が生えだしてきています。 
   
しばらくすると、こんなに下草が茂ってきました。   これは、まあ良い方かな。
   
こういう明るい道や 、  こういう杉林の中の道なら良いけど、
   
 こういう薄暗い荒れた道は嫌だね。 やっと明るいところへ出た。(^^)/ 
   
 これは広葉樹 こんな木は大好きだ!! 




余談ながら、私はひどい杉花粉症だーっ!

毎年春になると、日本全国にある杉の木を全部切り倒したくなる。

このことと、間伐の必要性とは、一切関係がありません。

(センローの独り言)



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